タイトルが強烈です。
『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか? 結婚・出産が回避される本当の原因』という新書を読みました。
帯には「もっと早く、せめて団塊ジュニアが結婚、出産期に入るまでに手が打たれていれば……」と書かれています。
著者の山田昌弘氏は家族社会学がご専門で、「パラサイト・シングル」という言葉を生み出した人でもあります。
私は、家族社会学者として、日本の少子化に関して、外国の研究者、政府関係者、ジャーナリストらからよくヒアリングを受ける。(中略)
欧米、特に北西ヨーロッパの研究者やジャーナリストからは、「なぜ、日本政府は、少子化対策をしてこなかったのか」という質問が出てくる。(中略)
一方、中国(香港、台湾を含む)や韓国、シンガポールの人たちは、「日本のようにならないためにはどうすればよいか」という点を聞いてくる。
(『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』p23~27より引用)
少子化が認識されてから少子化対策に着手するまでの10年間が「致命的」だった
日本で少子化が大きく認識されるようになったのは1990年。前年の出生率が1.57となり、丙午(ひのえうま)だった1966年の1.58を下回ったショックがあったそうです。
※ちなみに次の丙午は2026年とのこと。また出生率の低下が起こるのか、はたまた丙午を知らない人や「妊活を1年も延期するなんてありえない」という人が多くて出生率は変化しないのか、興味津々です。Twitterでアンケートをとらせてもらったので、そのうちブログに書きます
→書きました:2026年にもう一度「丙午(ひのえうま)」による出生率激減がやってくるのかどうか - おたまの日記
しかし日本政府が問題の存在を認識してから少子化対策に着手するまでにほぼ10年が経ってしまいます。筆者は「この10年の遅れが致命的だった」と言います。
人口規模が多い団塊ジュニア世代の結婚・出産期(1990年代後半)に間に合わなかったのです。
耳の痛い指摘:キャリア女性は少数派
私の周囲には育児と仕事を両立しているキャリア女性がたくさんいますが、私も含め、自分たちの経験から「政府も少子化対策したいなら〇〇を支援すべき」「もっとこうしないと子どもは増えないよね」と色々話をします。
でも著者は、政策担当者・マスメディアは「一部のキャリア女性(大卒、大都市、大企業正社員か正規公務員)の声しか聴いてこなかったのではないか」と問題提起します。
政治家、官僚、企業幹部、マスコミ、そして研究者の周りにいる若年女性の大多数は、大卒(大学院卒も含む)、大都市居住、大企業の正社員か正規公務員、中には成功したフリーランス、起業家もいるだろう。ちなみに、私の友だちや知り合い、仕事で接する人の大部分がそうであり、勤務先の大学の卒業生も、多くが大企業の正社員、公務員、教員として就職し、大都市部に居住している。
しかし、上昇しているとはいえ、近年の大学進学率は約5割である。(同p39)
ドキッとしました。
私自身、大卒で都内の企業で正社員として働いていますが、自分が日本全体で見れば多数派ではないということをしばしば忘れてしまいます。
・近年の大学進学率は約5割
・2000年代に出産、子育て期にあった女性の約3分の2は非四大卒、多くは短大卒や高卒
・若年未婚女性の約半数は非正規雇用者
つまり、日本社会全体の出生率というマクロな数字を動かすのは、「大卒かつ大都市居住者かつ大企業正社員か公務員」というキャリア女性ではない。「大卒でなかったり、地方在住だったり、中小企業勤務や非正規雇用者」の女性の人数の方が圧倒的に多いのだ。(同p40)
※もちろん、キャリア女性が出産、子育てしやすい環境を整えることは、男女平等や日本経済の視点からは必要である、と筆者は書いています
こうした多数派のおかれた状況や意識を正確に把握しなければ、マクロな出生率を上げることはできないのです。
欧米先進国の少子化対策を参考にしても意味が無い
「欧米先進国」は大きく3つに分けられます。
A:そもそも少子化が起きなかった国々(英米豪など)
B:少子化が起きたが政策を行って回復した国々(仏、スウェーデン、蘭など)
C:少子化が起きたが移民でしのいでいる国(独、伊、西、カナダなど)
そして日本の少子化対策はBの国々をモデルに行われました。
欧米固有の価値意識を前提にしてしまった
しかし、欧米に固有の慣習、意識(下記①~④)をそのまま日本に当てはまるものとしてモデルの前提にしてしまったことで少子化対策は空回りしてしまったとのこと。
①子は成人したら親から独立して生活するという慣習(若者の親からの自立志向)
②仕事は女性の自己実現であるという意識(仕事=自己実現意識)
③恋愛感情(ロマンティック・ラブ)を重視する意識(恋愛至上主義)
④子育ては成人したら完了という意識
この4つの特徴のおかげで、Aの国々では少子化が起きず、Bの国々では少子化対策が効果的だったのです。が、日本にはこの4点は当てはまりません。
確かに、私も欧米の友人と話していると、このあたりの意識に私と大きな違いがあるように感じていました。この4点に整理されたことで、今まで友人たちと交わした様々な会話が「ああ、そういうことか」とかなり納得できました。
日本固有の価値意識
日本的特徴として下記3点が挙げられています。
①「リスク回避」傾向
②「世間体重視」
③子どもへの強い愛着ー子どもにつらい思いをさせたくないという強い感情
日本では、生活上のリスクを回避し、世間体を保ち、子どもにつらい思いをさせない、という見通しが立たなければ、結婚や出産を控える傾向があるとのこと。
なるほど…、言われてみればそうなのかもしれない、と思いました。そしてこれらの意識は中国や韓国、シンガポールなどにも共通するようです。
もはや日本ではカップルは自然に形成されない
一番印象的だったのは「もはや日本ではカップルは自然に形成されない」という表現でした。
つまり、欧米では、カップル関係は自然に形成されることを前提にして、政策を行うことができる。
しかし日本では、それを前提にできなくなっている。「自然と好きな人ができるはず」「相互に好きに相手がいれば結婚するはず」「結婚したらセックスをするはず」「セックスをすれば子どもが生まれるはず」という前提が成り立たないのだ。(同p100)
日本では、恋人のいない未婚者の4分の3は、自分から積極的に結婚相手探しをしていないとのこと。「恋人がほしくても、何もせずにいる人が大多数」だそうです。
子どもは、欧米では「使用価値」、日本では「市場価値」
これまた強烈な表現だなと思いましたが。
・使用価値:子どもを育てること自体に意味があるという効用
・市場価値:子どもの持つ価値が自分の価値になるという形での効用(価値が高いと思われる子どもを育てていることが、親の満足となる)
もちろん日本でも「使用価値」(子育て自体が楽しい)という意味もありますが、それ以上に「子どもをよりよく育てる」「子どもが社会からどう評価されるか」に強い意味付けがあると。
なぜ人は子どもを持つのか
なぜ人は子どもを持つのか、という問いには、ひとことでは表せない色々な回答があると思います。
私自身についていえば、育児というものをしてみたかった(これは上記の「使用価値」に近い感情)、好きな人(夫)と自分の子どもが欲しかった、夫(子ども好き)に父親になってほしかった、生きる意味が欲しかった(これは説明しようとすると長すぎるのでここでは説明しません)、など、色んな感情がありました。でも子どもを労働力として期待はしていなかったし、老後の面倒を見てほしいという気持ちもあまり無かったかなと思います。子どもをよりよく育てることで社会から評価されたい、という気持ちも…あったのかな…?
欧米では「使用価値」、日本では「市場価値」という整理には、うーん、分かるような分からないような…という感想です。
まあ、子どもによりよく育ってもらいたい、よりよい人生を送ってもらいたいという気持ちは私も強いので、そうなのかもしれません。
日本の若者を4タイプに分けると
日本の若者の現状を説明する表がp176に掲載されていて、とても分かりやすかったです。
「若者の親との関係から見た状況、4パターン」
タイプ①親の生活水準:中流以上。若者が将来、中流以上の生活を送る見通し:あり
タイプ②親の生活水準:中流以上。若者が将来、中流以上の生活を送る見通し:なし
タイプ③親の生活水準:苦しい。 若者が将来、中流以上の生活を送る見通し:あり
タイプ④親の生活水準:苦しい。 若者が将来、中流以上の生活を送る見通し:なし
私はタイプ①だと思います。①の若者は19990年代以降、徐々に減少しているそうです。
増えているのがタイプ②です。②の若者は結婚や出産を控えようとするので、②の割合の増大が少子化の原因とのこと。
タイプ③は高度成長期に多く、出産意欲も旺盛でしたが、1980年代にはほとんどいなくなりました。
タイプ④は、親の生活が豊かでないため、子育てに高い水準は求めません。結果、子どもの数は多くなりがち。④は沖縄の若者によく見られる状況だそうです。
タイプ②への働きかけが重要
そして筆者は、出生率を上げる対策をとりたいならば、タイプ②の若者たちに働きかけることが重要と言います。
(このまま放置すると日本社会全体がタイプ①とタイプ④の若者に分かれていき、階級社会が完成すれば少子化は解消する、というロジックもあるそうですが、筆者はそうならないためにも少子化対策を進めるべきという立場をとっています。私も筆者に同意します。)
日本の少子化対策の2つの方策
タイプ②の若者(「親が比較的豊かな生活水準を保っている」のに「自分が将来築ける生活は親の水準にも達しない」と考えている)に働きかけるには、下記2つの方策があります。
1.結婚して子供を2,3人育てても、親並みの生活水準(子育て水準を含む)を維持できるという期待を持たせるようにする
2.親並みの生活水準に達することを諦めてもらい、結婚、子育てをする方を優先するようにする
どちらも必要で、どちらも簡単ではない、と筆者は言います。
私はできれば1つ目の方策に力を入れてほしいし、「若者だれもが、育てている子どもにつらい思いをさせなくてすむような見通しをとることができる社会にすべき」という筆者の主張には完全に同意します。
新型コロナウイルスの影響
この本が出版されたのは今年の5月です。あとがきには、新型コロナウイルスの影響についても触れられています。
「リスクを避ける」という観点からは、テレワークになっても収入の減ることの無かった公務員や大企業勤務者と結婚する方が安心という未婚女性がさらに増えるのではないか、と長期的な影響への心配が書かれています。
コロナの影響で出生数が増えるのかどうか、結果が分かるのは2021年の1月以降です。
この頃に山田昌弘先生がどんな情報発信をされるのか見てみたくて、先生のTwitterアカウントを探しましたが見つけられませんでした。残念。
この本、すべてに同意はしませんが、納得できることも多かったです。
今後私が少子化対策を議論する際に色々と前提にしたいので、友人の皆様は是非読んでください。笑
【合わせて読みたい】