先日、階段で足を滑らせて落ちました。
結果的には足首の捻挫で済んだのですが、落ちた瞬間は真面目に「あ、死ぬかも」と思いまして…。
その時に私の頭をよぎったのは「子どもたちに申し訳ない」という気持ちでした。
いま母親が死んだらこの子達はどれほどの心の傷を負うことになるだろうか、父子家庭となってどれほど大変な人生になるだろうか、母親に愛された記憶はちゃんと残るんだろうか、みたいなことをバーっと考えました。
母親としての「私の死」への恐怖はだんだん変わってきている
妊娠期
妊娠初期は「私の死=子どもの死」だったので、自分が死ぬことがとても怖かった記憶があります。私が死んだら100%この子も死ぬことになる。交通事故に遭うわけには行かないぞ、と。
妊娠22週(流産と早産の境目)を超えると「私が死んでもこの子が生き延びる可能性が1%でも2%でも出てきたんだな」と思いましたが、交通事故で死んだらやっぱり子どもを危険に晒すので交通事故に遭うわけには行かないですね。
無事に出産し終えた時の開放感には、「自分の死と我が子の死がイコールでつながらない」ことへの安堵感もあったと思います。無事にお腹から出てくれてよかった。
乳児期
お腹から出た後は、「もし私が今死んだら」の怖さの質が変わりました。
ふにゃふにゃの新生児を抱っこしている時に「もし私が今心筋梗塞などを起こして倒れたら、この子は床に落下して大怪我を負うかもしれない」とか、抱っこ紐に入れて外の階段を歩いているときに「私が階段から落ちたらこの子も死ぬかもしれない」とか、そういう恐怖があったと思います。
幼児期
子どもが自力で歩いてくれるようになると、「もし私が今死んだら」の怖さの質はまた変わりました。
私が今死んだら、この子の記憶に私は残るんだろうか。母親のいない子として生きていくのはどれほど大変だろうか。
今私はこの段階にいます。
成人以降?
そして私の親を見ていると、「今自分が死んだら」の恐怖を私の親が持っているとはあまり思いません。両親は60代で、子ども(私と弟)は30代で仕事も家庭もあり、親が今死んでも少なくとも経済的には困らないし、しばらく泣くことになるだろうけどあの子たちはきっと大丈夫、と思ってくれているのではないかと想像します。
この段階に至るまでにはっきりとした境界線があるとは思いませんが、子どもが成人して、就職して、親兄弟以外の家族を得て、親の庇護がなくても健康的な生活を送れている、という姿を見られればある程度は恐怖感から解放されそうだなと思います。
私にできること
とはいえ私がいつ死ぬかは誰にもわかりません。
いつか必ず死ぬし、私の死後に子どもたちはまだまだ長い人生を生きていくはずです。(そうあってほしい)
私が死んだ後もこの子たちが健康で幸せに生きていくために、今私ができることをしていこうと思っています。
愛された記憶が残るように。私が子供たちと一緒に写った写真や動画が残るように。
学ぶ楽しさ、本を読む楽しさを伝えられるように。
ご飯を自分で作るのは楽しいぞと思ってもらえるように。
きちんとあいさつができて、周囲の人と必要なコミュニケーションがとれるように。
困っているときは「困っています、助けてください」と言えるように。
私だけでなくきっと世界中で、人類はこうやって子どもを教え育ててきたのだろう…と思いをはせたりします。
先日、料理を子どもに手伝わせたらテーブルが粉まみれになって「うわーっ」てなりましたが、彼らが料理を楽しいと(今のところ)思っているようなので、まあ良いことにします。
子育ては自分の亡き後を思うこと
80年後の世界にきっと私はいないけど、私の息子たちはたぶん生きています。
そうか、息子たちはきっと22世紀まで生きるんだ。いいなあ。
— おたま@男子二児の母 (@otamashiratama) January 29, 2021
ドラえもんに会えるのかなあ。
地球環境が持続可能なものであってほしい。
世界の社会経済が安定していてほしい。
人類がみんな平和であってほしい。
美味しいものや楽しいことや面白いものがたくさんある文化的に豊かな社会であってほしい。
などと、自分の亡き後の世界を思っています。
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