おたまの日記

都内で働く二児の母(東大法学部卒)が、子育てしながら考えたことや読んだ本、お勧めしたいことを書いてます。

私は息子の同級生(貧困家庭育ち)のことを、我が子のように考えられるだろうか。『われらの子ども』を読んで考えたことなど

ロバート・D・パットナム著『われらの子ども』を読みました。

英語原題は"OUR KIDS -The American Dream in Crisis"です。分厚い、でもとても示唆に富んでいて面白い本でした。全米でベストセラーになったのも納得です。

 

この本の主題と、ロバート・D・パットナム教授について

著者は1941年生まれ、ハーバード大学教授で、7人の孫がいる白人男性です。この本は彼の同級生たちへのインタビューから始まり、2010年代の子どもたちへのインタビューへとつながります。主題は、「この半世紀で、米国では人種格差・ジェンダー格差は減少している。一方で階級格差は拡大しており、もはや ”貧しい出身でも努力によって立身出世を成し遂げられる” というアメリカンドリームは崩壊している」ということです。

しかしこの研究を始める前の自分も、そのようなものだった。 ポートクリントンでの質素な出自から立ち上がるため、懸命に努めてきたと自分では考えていた。―自分の幸運が、どれほど家族とコミュニティ、そしてあのように共同体主義的で平等主義的だった時代の公共制度に負っていたかについて、長きにわたって気にとめることはなかった。自分や同級生がはしごを登ることができたのなら、今日のつましい出身の子どもたちもそうできるだろうと考えていた。(p258より引用)

 

この本の特徴

この本が面白いのは、恵まれた子どもとそうでない子どもへの綿密なインタビュー結果をかなりうまく対比させることで具体的な「格差」のイメージを持たせつつ、そこに必ずしっかりとしたデータ分析を加えていることです。インタビューだけでは説得力がないし、データだけではイメージがわかなかっただろうと思います。

また、訳者解説にもあるように、私たちは「格差拡大」というと超富裕層や極貧の人々のことを想像しがちです。しかし、この本では「両親のどちらかが大卒である」全米の三分の一の家庭の子どもと、「両親のどちらも高卒以下で終わっている」全米の三分の一の家庭の子どもの格差を描いています。つまりこの本の読者のほとんどが当事者(おそらくは恵まれた立場のほうの)なのです。そして、もう一方の側の人々の存在を理解し、自分の問題として考えるべき、と著者らは訴えます。

 

機会格差が拡大して何が悪いの?

子どもの貧困がもたらす「コスト」には、例えば下記のようなものがあります。

・生産性の低下(貧しい子どもがまともな教育を受けていたら、才能を伸ばしてGDPに貢献できたはず):米国ではGDPの1.3%に相当する額の生産性が子どもの貧困によって失われていると推定されている

・犯罪コストの上昇:GDP1.3%と推定

・医療費の増大と健康の価値減少:GDP1.2%と推定

貧しい子ども(=不利な立場の潜在労働者)がその能力を完全に発揮することができるように投資することで、社会全体に大きなメリットがあるのです。

この本に出てくる「貧しい」子どもたちの生活実態に私は衝撃を受けましたし、これがごく少数の例外事例ではなく米国の三分の一の家庭の現状であると思うと鳥肌が立ちました。そして、私の息子たちが生きていく世界をより良いものにするために、階級格差を固定したくないと強く思いました(たとえ親の学歴という点で我が子が階級格差の上のほうにいるとしても、です)。

 

日本にもあてはまりそう

日本でも米国同様、ジェンダー格差は減少している一方で、階級格差は広がっていると思います。

時代をさかのぼれば、例えば田中角栄氏(1918年生まれ)は中卒で総理大臣になりましたが、今の日本で中卒の人が総理大臣になるのはちょっと想像しづらいです。また、最近では新元号「令和」を発表した菅官房長官(1948年生まれ)が大変な苦労人であることが話題になりましたが、例えば2000年に産まれた若者が彼と同じような出自・経歴を経て立身出世するチャンスは、半世紀前よりも小さくなっているのではないかと感じます。

もちろん貧しい出身でも本人の努力次第で東京大学にも入れる、という観点からは日本の義務教育と入試制度はまだまだ米国よりも「公平」だと思います。決して恵まれた出身ではないのに努力して東大に入った同級生(1988年生まれ)も確かに存在します。ただ、貧しい家庭の子どもと豊かな家庭の子どもが同じ学校に通い普通に交流する時代が終わりつつあり(私の知人の多くが子どもに小学校受験させている…)、階級格差が広がっており、一刻も早い「対策」が必要という意味でも、日本人がこの本から学べる教訓と対策は重要だと思います。

 

【2021年11月6日追記】

日本では両親大卒割合が90%の小学校がある一方で、0%の学校も存在する。そして98%の児童は公立校に通っているので、これは「一部の国私立学校だけが恵まれている」という話ではないとのこと。(参照:松岡亮二編著『教育論の新常識』p24)

 

階級格差対策の具体例

対策の具体例としては、小さな子供がいる家庭への勤労所得の税額控除(EITC)や児童税額控除の拡大、専門家による家庭訪問、就学前教育の充実などが挙げられています。私が面白いと思ったのは「Talent Transfer Initiative(才能移転イニシアティブ)」です。これは都心部のトップ教員が高貧困・低水準校で2年間教えると2万ドルの追加報酬が支払われるという実験ベースの制度で、これに参加したトップ教員の大部分がボーナス期間の終了後も残り続け、その影響を受けた学校での読解と数学のテスト得点は大幅に向上したそうです。(p282)

また、子どもの生後1年目の母親のストレスは乳児ー母親間の愛着や保育に破壊的な影響を与え、子どもの発達に問題が出ることがあるとのこと(p132)。特に貧困家庭の母親を支援する制度の重要性がよくわかります。

 

私が育児に活かしたいこと

また、米国の「豊かな」親がどのような子育てをしているのか、大変参考になりました。例えば下記のようなことです。

・新聞を読み、ニュースを見るように言い、「何がわかった?」と聞く。ここで子どもから大した回答がなくても、この問いは子どもの頭に残り続ける。(p102)

・アンネ・フランクの本を事前に読ませ、アンネ・フランクの家に連れて行く(p102)←旅行と知識の融合、是非実践したい。

・息子が医療系の道に進もうか決めかねているときに、何をすべきかと述べるのではなく、医療系の仕事に就いている人々と話をしたり、6週間のセミナーに出席できるよう取りはからった(p104) ←親以外の大人による助言がとても大事。そのためには、親の人脈がとても大事(p240)

・夕食を一緒に食べ、会話をする(p141) ←親との夕食が少なくとも週に5回ある青少年は、悪い生活習慣が少なく、成績が高い傾向にある

・絵本を読む(p145) ←親が子供に費やす時間には2種類あり、「絵本時間」と、「おむつ時間」。前者が発達活動に使われる時間で、後者は物理的な世話に使われる時間です。親が大卒の幼小児は平均して、親が高卒の幼少児よりも1.5倍の絵本時間を毎日得ている(2013年)。これは1970年代には無かった差だそうです。※「絵本時間」は本文中では「おやすみなさい おつきさま時間」と書かれており、これは有名なGoodnight Moon という絵本のタイトルから来ています

・金持ちの子どもは対面時間が多いが、貧しい子どもはスクリーン時間が多い(p146)←以前のブログ(赤ちゃんとテレビ問題、授乳中のスマホ問題 - おたまの日記)にも引用しましたが、スティーブ・ジョブズは我が子のiPadやiPhone使用をかなり制限していたというのがとても示唆的。

・課外活動に積極的に参加させる(課外活動に一貫して参加することのプラスの結果:成績平均点の高さ、中退率の低さ、無断欠席の少なさ、よい勤労習慣、教育目標の高さ、非行率の低さ、自尊心の高さ、心理的回復力の高さ、リスク行動の少なさ、市民参加(投票やボランティア)の多さ、将来の賃金や職業的達成の高さ。なおマイナスの結果は、過度の飲酒との相関関係のみ)(p197) ※プラスの結果も相関関係に過ぎないのでは、と思われるかもしれませんが、そこはちゃんと交絡変数を統制した結果です

・異性との付き合い方への指導(あなたのガールフレンドは、あなたと別れたとしたら、いずれ誰かの妻になるかもしれない人。適当につきあってはいけないよ)(p106)←どんな表現が最適かはまだ考え中ですが、息子に彼女ができたとき、彼女も親に大切に育てられた子どもであり、あなたも彼女を大切にしないといけないよ、ということをちゃんと伝えたいと思います

・息子が雨の外出時にフードを頭に被ったら、「ちゃんとベースボールキャップをかぶりなさい」と指導(p107) ←これは米国の黒人家庭の話なのでそのまま応用はできませんが、服装によって見られ方・扱われ方が変わるというのは確かに教えたいです。

 

つきつけられた問い

アメリカンドリームが可能だった時代の米国には、自分の子どもでなくとも「OUR KIDS(われらの子ども)」と考え、様々な支援をしてくれる大人がたくさん存在していました。この本には多くの具体例がでてきます。貧しい家庭の子どもを我が子と一緒にディズニーランドに連れて行ってあげたり、高校の校長室に乗り込んで大学進学の支援を取り付けてあげたり、奨学金取得の支援をしたり。

では、今後、息子の同級生の中に、貧困家庭出身の子どもがいたとして、私はその子のことを「OUR KIDS(われらの子ども)」と考えることができるだろうか。※私はいまのところ息子たちに小学校受験をさせるつもりはないので、同級生には貧困家庭の子どももいる可能性がある想定です

私が息子たちをディズニーランドに連れて行くときに、良かったら一緒に連れて行きますよ(もちろん費用は私もち)、とその子の親に言えるだろうか。その子が家庭のことや進路のことで悩んでいたら、親身に相談に乗ってあげられるだろうか。その子が弁護士に興味があると言ったら、私の友人を紹介してあげられるだろうか。

私は非常に利己的な人間なので、いまのところ正直どれも「厳しいな…」と思います。

でも、そうした支援を見返りなしに行ってきた普通の市民がたくさんいたということ、そして支援を受ける側の子どもにとって、それが人生を変えるほど大きな影響を持ったということをこの本で学んだので、いつか私も実践できるかもしれません。

また、例えば普通の大人にとっては1000円はポンと出せる金額ですが、小学生にとっては大金ですよね。同様に、私にとってはたいしたことのない手間やお金、知識であっても、(特に貧困家庭の)子どもにとっては、大きな意味を持つはずだと思います。

私の息子たちの生きる世界をより良いものにしたいという利己的な動機ですが、「OUR KIDS(われらの子ども)」という感覚をもって生きていくよう努めます。

 

おまけ:研究方法がめちゃめちゃ面白い

p293から、インタビューのために使った数百時間についての詳細な研究手法の紹介があります。めちゃめちゃ面白いです。著者ら自身がインタビューを行いながら衝撃を受け、学び、ときに台本から外れていきながら、価値ある研究結果を生み出すまでの話が書かれています。労働者階級の子どもと連絡を取り続ける最良の方法がFacebookだったというのも、非常に現代的だなと思います(住所が急激に変化し、料金不払いで電話がしばしば止められてしまうが、Facebookアカウントは生きている)。

 

4700字もあるブログを最後まで読んでいただいておきながら恐縮ですが、こんなブログを読んでいる暇があったら是非この本を読んでください。本当に面白いし、(おそらく階級格差の上のほうにいるだろうあなたの)人生を良い意味で変えると思います。

 

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