おたまの日記

都内で働く二児の母(東大法学部卒)が、子育てしながら考えたことや読んだ本、お勧めしたいことを書いてます。

『分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議』を読みました

話題になっている『分水嶺』をついに読みました。

 

河合香織著『分水嶺 ドキュメント コロナ対策専門家会議』(2021年4月)

クラスター対策に3密回避。未知の新型コロナウイルスに日本では独自の対策がとられたが、その指針を描いた「専門家会議」ではどんな議論がなされていたのか? 注目を集めた度々の記者会見、自粛要請に高まる批判、そして初めての緊急事態宣言……。組織廃止までの約四カ月半、専門家たちの議論と葛藤を、政権や行政も含め関係者の証言で描くノンフィクション。(Amazonサイトより引用)

 

TVで毎日のように名前を見ている専門家の方々が、どんな背景でどんな議論をしてきたのか、それが私たちの生活にどう影響してきたのか。

この本を読んでいると、去年の自分の不安や恐怖、不信感をじわじわと思い出します。自宅保育と在宅勤務で疲弊しながら毎日を手探りで生きていて、正直言って全てのニュースを追うことはできていませんでした。 

今、落ち着いた気持ちでこの本を読み、2020年2月から7月までの5ヶ月間を辿ることができてよかったなと思っています。

 

日本は分水嶺に立っている

これは本のタイトルになっている「分水嶺」という言葉が初めて出てきた箇所の引用です。

専門家会議の構成員、押谷仁氏の言葉。

「でも僕はこのウイルスの持つ力、社会を変える力を信じています。世の中を変えてくれるきっかけになってほしい。まだ日本は戻ることができる、分水嶺に立っている」

(『分水嶺』p7より引用)

 

国、専門家、自治体の信頼関係の欠如

そして、ほどなくして押谷はこのEOCを「ハリボテEOC」と呼び、危惧していた「メンタルを落とす」自体に押谷自身が直面することになる。そこにはどれだけ情熱と労力を傾けようともどうにもならない、国と専門家、国と自治体の信頼関係をめぐる深い問題があった。

(『分水嶺』p46) 

最初にこの文章を読んだときには、「国と専門家、国と自治体の信頼関係をめぐる深い問題ってなに?」と思いました。この本を読み進めるうちに、著者の描く「国と専門家」「国と自治体」の関係が像を結んできて、そして深く絶望しました。 

例えば「絶対に間違いたくない」役所と、「最善を尽くしても間違うことが前提となる」専門家とのギャップ。

例えば官僚が数年で異動してしまい、前回の感染症対応での議論や経緯を十分に共有できていないこと。

例えば「外には言わないでください」と約束した情報を、政府の誰かがぽろっとメディアや会見でしゃべってしまう。そして現地に赴いたスタッフが責められるということを何度も繰り返してきていること。

例えば地域住民の個人情報(行動履歴など)を国が勝手に公開してしまう、自治体より先に公表してしまうトラブルが相次いだこと。

 

この本には悪人は出てきません。厚労省も政治家も専門家も地方自治体も、中の人たちは睡眠時間を削ってときには手弁当で日本のために頑張っているわけですが、それでも互いの不信感やいらだちはつのっていきます。

 

エビデンスのない「一斉休校」

2020年2月27日に安倍首相が全国の小学校、中学校、高校、特別支援学校に臨時休校を要請した件について。

座長の脇田は一斉休校についてメディアで知り、「椅子から転げ落ちそうになった」ほど驚いた。脇田は何も相談されていいなかった。専門家会議のメーリングリストで他の構成員にも尋ねてみたが、誰も知らなかった。

それまでに行われた専門家会議の勉強会では、学校休校については幾度も議論されてきた。その時点で、休校にすべきだと言う構成員はいなかった。事前に厚労省や官邸から相談されていたら、「科学的なエビデンスはその時点ではない」と止めていただろうと脇田は思った。

(『分水嶺』p50)

 

この本では、政治家が専門家を出し抜こうとしたのではないかという武藤氏の意見や、「ある場合には専門家に意見を聞いて、ある時は聞かないで決めてしまう」のは問題だという尾身氏の意見などが書かれています。

 

私はこのエビデンスなき一斉休校には怒りを感じていて、去年何度かTweetしています。 

 

下記のブログでも書きましたが、経済自粛や休校休園や公園の遊具閉鎖に効果があったのか、効果があったとして「次の新型感染症発生時に同じように自粛・休園・休校をして良いのか」の検証がされてほしいと思っています。

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私がこの本を読んだ理由

コロナ禍の2020年2月から7月までの5ヶ月間を、戸惑い恐れ怒りながら生きたひとりの大人として、あのとき日本では何が起こっていたのかをちゃんと知りたい、というのが一番大きな理由です。

 

そして特にこの本を選んだのは、著者が河合香織さんだからです。

私は下記の本を読んで以来、河合香織さんというノンフィクション作家を、取材の丁寧さや視点の幅広さで尊敬しています。

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また、「事実」と「誰かの意見」をしっかりと区別した彼女の文章を信頼しています。

あとがきには下記のようにありました。

本書ではできる限り、私の存在や考えを文中に出すことなく、それぞれの取材相手の方の葛藤や思考を記録するように努めた。発言部分は正確を期すため取材を受けてくださった方々に確認の労も取っていただいた。多忙ななか、そのような手間をいただいたことにも心より感謝申し上げる。

(『分水嶺』p214、あとがきより引用)

 

うん、この本を読んでよかったな、と思っています。

 

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