先日タサキさんのイベントに母を連れて参加させてもらいまして。美しい真珠のネックレスを試着したときのことです。
私「まあー…素敵です…」
店員さん「とってもお似合いですよ」
母「あらあなた、きれいじゃない」
私「欲しくなっちゃうね」
母(小声)「でもそういう真珠のネックレスが欲しいなら家にいくつかあるわよ」
私「えっ」
その日の夜に母から送られてきた写真(の一部)。もう使っていないからどれでも持って行っていいよ、と。

なにこれすごい…宝の山じゃないですか…
私が数十万円~で購入を検討していたネックレスにかなり似ているものもあったし、こういうの欲しいなあと思っていたチョーカーもあり、そして欲しいと思いもしなかったけど試してみたらすっごく使いやすいと気づいたネックレスもありました。
ありがとうお母さん!
でもどうしてこのネックレスたち、10年以上使いもしないで眠らせていたんですか…?
よく考えてみたら、そうか、母にとってみれば私は高校生~大学生くらいの「真珠のネックレス?いらな~い」という娘のイメージのままなんだ…と気づきました。
お母さん、娘はもう36歳になりまして、最近ではお仕事でもプライベートでも真珠の指輪やイヤリングやネックレスを愛用しているんですよ。
お母さんが譲ってくれた真珠たちも明日から大事に使います!
「欲しい」と口にすることは大事
真珠のネックレスに限らず、私が欲しいものを「はいどうぞ」と簡単にくれる人が身近にいるかもしれないのに、私がそれを欲しがっていることを伝えていない、ということはほかにもあるんだろうな…と思います。
意識しないと、自分が欲しいものをストレートに口にする機会がなかなかないんですよね。
私が欲しいものって何だろう。ひとりでゆっくり本を読む時間が欲しい。ポトスを植え替える素敵な鉢が欲しい。秘書が欲しい。睡眠時間が欲しい。カルティエのトリニティバッグが欲しい。子どもたちとの1on1の時間がもっと欲しい。歩きやすくて上品な通勤靴が欲しい。リビングの天井に雲梯が欲しい。食べても太らない体が欲しい。どこでもドアが欲しい。うーん。
そして私の身近にいる方、欲しいもの・ことがあったら言ってくださいね。私が「あ、それ私がすぐできますよ」ということがあるかもしれないので!
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