隣国のベストセラー
2016年に韓国で出版されてベストセラーになり、大炎上して社会現象にまでなっている『82年生まれ、キム・ジヨン』という小説を読みました。韓国では全国会議員に配られたそうですね。
あらすじ(ネタバレ無し)
主人公キム・ジヨンは1982年生まれの女性で、結婚して娘がひとりいます。ある事件をきっかけに精神を病んでしまい、精神科医の診察を受けることになりますが、この小説は、その医師が書いたカルテという形をとっています。
これはキム・ジヨンのセリフ。
死ぬほど痛い思いをして赤ちゃん産んで、私の生活も、仕事も、夢も捨てて、自分の人生や私自身のことはほったらかして子どもを育ててるのに、虫だって。害虫なんだって。私、どうすればいい?
(『82年生まれ、キム・ジヨン』p159より引用
母親を「害虫」と呼ぶ男性たち
韓国ではネットスラングから生まれた「マムチュン」という侮辱的な言葉があるそうです。日本語にすると「ママ虫」、母親を害虫のように表現する言葉です。
この小説を読んでいると、韓国で女性として、母親として生きることの辛さが我がことのように感じられます。一番衝撃的だったのは、キム・ジヨンの母親が、3人目の子どもが女の子だと分かって泣きながら中絶するところ。この中絶は1980年代の出来事で、実際、韓国では女児の堕胎があまりに増えたために1990年代の初めには性比のアンバランスが頂点に達したそうです。
私は1988年生まれなんですが、私と同い年の韓国の女の子たちが、「女の子である」という理由で堕胎されていたということを初めて知りました。それだけでも私は日本に産まれて幸運だったと思いました。
男尊女卑的な考えが強そう
そういう意味では、韓国は日本以上に最近まで男尊女卑的な考えが残っているのかもしれません。キム・ジヨンの同世代の(=ほぼ私と同世代の)女性たちですら、自分の子どもの性別が息子だと堂々とし、娘だと「気が重くなる」と書かれています。びっくり。。
また、男性の賃金を100とすると、OECDの平均では女性の賃金は84、韓国の女性の賃金は63とのこと。この本で引用されているデータは2014年なので、今OECDの最新データを見てみたら、2017年のOECD平均は86、韓国65、日本75ですね。なお、英国の『エコノミスト』によると、韓国は「最も女性が働きづらい国」だそうです。
でも韓国では日本より社会の変化は早いのかもしれない
一方で、日本よりも韓国のほうが社会の変化も早いのかなと思わされる部分もあります。2013年から保育園が無償化されるなど、働く女性への支援も増えているようです。
巻末の解説では日本の東京医大の入試差別事件に触れられていて、「韓国なら即座に二万人の集会が開かれているだろう」と書かれています。
確かに韓国では女性はまだまだ息苦しいけど、その息苦しさをこうして言語化し、声を上げていく力強さも感じます。
韓国社会の「常識」
私が大学生の頃、米国で2か月ほど韓国・中国の大学生とルームシェアする機会がありました。そのとき韓国の学生たちに教えてもらったのが、「韓国では男は兵役で数年を、女は妊娠で数年を使う。公平でしょう?」という考え方でした。※韓国内でもこの考え方は賛否あるそうです
カルチャーショックを受けましたが、兵役制度が日常に染み付いている韓国ならではの考え方だなと思いました。
この本を読んでいると、そうした韓国社会の「常識」(例:結婚しても苗字は変わらない、チョンセという独特の賃貸方式、墓参りなどの習慣)も知ることができて、とても勉強になりました。
表紙が意味するもの
この表紙は、あえてキム・ジヨンの顔を書かないことで、これが誰かひとりではなく韓国の女性みんなに起きている問題だということを表しているのかなと思います。
なお、右下においたのは"The 7 Habits of Highly Effective People"。韓国人の友人(女性)が、「これ面白いから是非読んで!」といって私にくれた本です。私の韓国の友人たちは男女問わずみんな努力家で優しくて、良い人ばかりです。
是非読んでください
隣国のベストセラー、読んで良かったなと思います。ネタバレしたくないので詳しくは書きませんが、終わり方がなんとも後味悪いというか、この問題の根深さを象徴しているというか…。
2時間ちょっとで読めるので、関心ある方は是非読んでみてください。
【2020年9月23日追記】
映画化されたそうですね。日本では10月9日からロードショー。観たい!
【2020年11月21日追記】
『韓国社会の現在』という本の第5章「韓国女性のいまー男尊女卑は変わるか」で、キム・ジヨンが紹介されています。すごく面白いので、小説を読まれた方にはとてもお勧めの本です。
2019年に韓国の30代の専業主婦を対象に行った調査では、調査対象者の9割以上が「小説のなかでキム・ジヨンが吐露した苦しみや怒りに同感した」と答えたと書かれています。
一方、若い韓国人男性たちの多くがこの小説に不快感を示し、50~60代の女性たちは結婚後のジヨンの苦悩には感情移入できないと言うそうです。それでも、小説の大ベストセラーをきっかけに次々と男女差別の是正や出産・育児でキャリアが断絶した女性の再就職を支援する新法や男女雇用平等法改正法が発議されているとのこと。
これらの法案は、通称「82年生まれ、キム・ジヨン法」と呼ばれている。
(『韓国社会の現在』p196より引用)
小説が社会を動かしているんですね。
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