2019年11月11日、日経新聞電子版からこのような記事&ツイートが出ました。
児童手当を「大人の小遣いに充てる」「使わずに残っている」人は年収600万~1000万円未満で39%、1000万円以上では49%。財務省は高所得者への児童手当廃止を含めた見直しを要請します。https://t.co/DaXygJy841
— 日本経済新聞 電子版 (@nikkei) November 11, 2019
会員限定記事なので全文は引用しませんが、記事にはこのように書かれています。
財務省は2020年度当初予算案の編成で、高所得者への児童手当について、廃止を含めた見直しを厚生労働省に要請する。世帯年収が高いほど「大人の小遣い」といった子どものため以外に振り向ける人が多いとの分析を踏まえ、本当に必要な世帯への給付に絞るべきだと主張する。
(中略)
財務省によると、年収600万~1千万円未満の人のうち、39%が児童手当を「大人の小遣いに充てる」や「使わずに残っている」と答えた。年収1千万円以上だと、この割合は49%に上昇するという。
(日経新聞電子版2019.11.11より引用)
私の疑問
さて、私がこの記事をみてまず疑問に思ったのは、「あなたは児童手当を何に使っていますか?」と聞かれて「大人の小遣いに充てています」と回答する人がそんなに多いのはおかしいのではないか?ということです。
私の中の常識としては、
児童手当を「大人の小遣いに充てる」「使わずに残っている」人は年収600万~1000万円未満で39%、1000万円以上では49%。
このように書かれた場合、「大人の小遣いに充てる」人のほうが「使わずに残っている」人よりも多いはずです(先に書かれているので)。
…だとすると、年収1000万以上の人の25%以上が「児童手当を大人のお小遣いに充てている」ということになってしまいます。
これは私の実感とはかなり異なっているので、元の資料を探してみることにしました。
どんなアンケートでどんな聞き方をしたら、こんな調査結果になるんだろう?という純粋な疑問です。
もとの資料が見つからない
しかし記事中にはソースが明記されていません。おそらく日経新聞の記者さんは財務省の人から聞いた数値をそのまま記事にしただけなのだろうと考え、自力で元の調査を探すことにしました。
児童手当の使途について国が調査しているのは、厚生労働省の「平成24年児童手当の使途等に係る調査」くらいしか見つけられませんでした。
「平成24年児童手当の使途等に係る調査」の結果を公表 |報道発表資料|厚生労働省
おそらくこれが元になっているのではないか
そして、この厚労省調査が令和元年6月の「財政制度等審議会」資料12にも引用されています。この審議などが財務省の「高所得者への児童手当廃止を含めた見直し要請」につながっていると仮定して、この資料を読んでみることにしました。
資料12のp6には、「児童手当の見直しについて」とあります。
また、児童手当の所得制限を超える者に対しては、「当分の間」の措置として、月額5千円の「特例給付」が支給されているが、必ずしも足元の子育て費用に充てられていない状況にある。
同ページには下記のような円グラフがあります。
高所得者の46%が児童手当(特例給付)を「足元の子育て費用に充てている」一方で、54%が「足元の子育て費用に充てられていない」とあります。冒頭の日経新聞記事とはちょっと数字が異なるのが気になりますが、約半数の人が「児童手当を足元の子育て費用に充てていない」ということで、趣旨としては同じだな、と判断しました。
しかしここに小さく書いてある注を見ると、
(注)「足元の子育て費用に充てている」とは、子どもの生活費、子どもの教育費、子どものおこづかい等に充てている金額を合計したもの。
「足元の子育て費用に充てられていない」とは、日常生活費や貯蓄・保険料等に充てている金額を合計したもの。
とあります。
つまり、児童手当を「足元の子育て費用に充てていない」という場合でも、日常生活費や貯蓄・保険料に充てているのであれば、それは真っ当な児童手当の使い方なのではないか?と思いました。子どもの生活費と、家族の日常生活費を厳密に分けていない家庭はたくさんありそうです。そして、この資料には「大人のお小遣いにしている」などという表現は出てきません。
厚労省の調査報告書をちゃんと読んでみた
そしてこの円グラフの引用元になっている厚労省の「平成24年児童手当の使途等に係る調査」を見てみることにしました。報告書p83からは実際のアンケート表も掲載されていて参考になります。
報告書の内容を一部ご紹介すると、
・児童手当等をどのような使い道に使ったか(使う予定か)を複数回答で聞いたところ、1「子どもの教育費等」(44.2%)、2「子どもの生活費」(33.8%)、3「子どもに限定しない家庭の日常生活費」(29.4%)の順
・児童手当受給者と特例給付受給者の状況をみると、使用金額では、特例給付受給者は児童手当受給者に比べて「子どもの教育費等」などの割合が高く、「子どもの生活費」「子どもに限定しない家庭の日常生活費」などの割合が低くなっている
等が書かれています。納得の結果です。
児童手当の使途:「大人のおこづかい」という表現を発見
さて、「調査結果のポイント」にこのような分かりやすいグラフを発見しました。
児童手当等の使途として「大人のおこづかいや遊興費」と回答した人はたったの1.8%です。しかも複数回答で、たったの1.8%です。
上記のグラフは所得を区別せずに作成されていますが、所得別の調査結果は報告書のp43にあります。
所得別に見ると、「大人のおこづかいや遊興費」と回答した人の割合(複数回答!)は下記の通りです。
・年収1000万以上:1.3%
・年収600~1000万未満:1.9%
非常に低い割合です。
なお、年収1000万以上の人は「児童手当(特例給付)を使わずに残っている」と回答した割合が19.2%と高くなっています。報告書本文を読むと、使用金額についても「世帯年収1,000万円以上では『子どもの将来のための貯蓄・保険料』が最も高い」と明記されています。
つまり高所得者は「足元の子育て費用」には児童手当(特例給付)をそれほど使っていないかもしれませんが、結局は子どもの将来のために貯蓄しているわけです。
日経新聞への怒り
さて、冒頭の日経の記事には下記のように書かれていました。
児童手当を「大人の小遣いに充てる」「使わずに残っている」人は年収600万~1000万円未満で39%、1000万円以上では49%。
・そもそもソースを示してほしい。この49%という数字はどこからきたのか?
・もし上述の厚労省調査がソースだったとしたら、「大人の小遣い」に充てる人は年収1000万以上では1.3%です。「使わずに残っている」19.2%と足しても20.5%です。
この記事はあまりに表現が不適切だと思います。まるで児童手当の半分近くが「大人の小遣い」や「使わない(不要な)お金」になってしまっているような印象を与えかねません。
日経の記者さんが財務省に言われたことをそのまま書いたのかもしれませんが、このようなミスリーディングな文章を堂々と配信していることに怒りを感じています。
こうした記事を読んだ人が、「なんだ、子育てが大変大変と言いながら結局は大人の小遣いにあてているのか」「やっぱり子持ちは優遇されているよな」と感じてしまうのではないか、と思っています。
我が家の児童手当の使途とか、扶養控除廃止とか
実際のところ我が家でも児童手当を特に区別して子どもの生活費に充ててはいません。家族の生活費につかい、さらに子どもの将来に向けて貯めています。子育て、お金かかりますよね。
ちなみに、私の親世代の人々と話していると、扶養控除が無くなったことを知らない人が結構いることに驚かされます。2011年までは16歳未満の子どもも扶養控除の対象でしたが、今は所得税も住民税も控除されなくなってしまいました。扶養控除は結構大きくて、例えば所得税20%の家庭で子どもが2人いれば、2011年までなら年間152,000円は税金が安くなっていたわけです。
現代の子育て世帯は「子どもを養育しているけど、税金は安くならない」状態にあります。扶養控除が廃止される代わりに児童手当が創設されたと理解していますが、今回の議論を見ていると児童手当もいつまで続くか分からないな…という感じですね。
私が思っていること
私は別に「絶対に児童手当を廃止しないでほしい」というつもりはありません。国の財政が危ないのであれば、それも仕方ないことだと思っています。
ただ、その議論を「児童手当は大人のお小遣いに使われているらしいぞ」のような印象操作で進めるのはやめてほしいなと思います。
そして、まずはあらゆる記事に引用元を掲載してほしい…。記者さんには、例えば財務省からこうした数値を聞いたときに「ソースはなんですか」と聞いてほしいし、もし聞いたらそのソースを記事中に明記してほしいです。
検証できない数字が独り歩きすることを恐れています。
【11月15日追記】
その後、元になった厚労省の調査報告書に数字の誤りがあったことを見つけたので厚労省に電話しました。
そしてこの電話からわずか1日で、内閣府と厚労省が調査報告書を修正してくれて感動しました。
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