デービッド・アトキンソン氏の「日本人の勝算」を読みました。彼の本はどれも面白いですよね。
基本的な主張は前著からブレず、生産性をあげよ、最低賃金をあげよ、と言っています。この本が新しいのは、日本経済を経済事情ごとのパーツに分けて、そのパーツを研究している海外のエコノミスト(118人!)の論文やレポートを読んで書かれているというところ。しかも、海外の論文をただ紹介するのではなく、日本の事情に当てはめたうえで「日本経済をなんとかする」ための処方箋を書いてくれています。素晴らしい。自分でこれだけの英語論文を読み解こうと思ったら大変です…。
最低賃金をあげよ
この本のメッセージを一言でいうと「最低賃金をあげよ」ということ。それは本に書くより政府に言ったほうが良いのでは、と思われるでしょうか。
でもアトキンソン氏は様々な委員として霞が関でも活躍されているので、日本政府(経産省)にも同趣旨のことは言っているのだと思います。これをあえて一般向けの書籍で出すのは、日本人自身が「自分たちは安すぎる賃金で働いている」ことを認識し、「最低賃金をあげるべき」との機運を盛り上げ、選挙の機会に国政に反映してほしい、ということなのではないでしょうか。
というわけで、未読の方は是非とも読んでください。
アトキンソン氏の主張では、2030年の最低賃金は1399円(GDPを維持する場合)。GDP維持にとどまらず、例えば1%の経済成長を実現するためには、2030年の最低賃金は1593円が必要と計算されています。日本の人材の質は世界ランキング4位。この人材の質に見合った最低賃金になるべきなのです。
また、現在の日本では最低賃金は地域によって異なりますが、アトキンソン氏はこれを全国で統一すべきとも言っています。
私が反省したこと
P254を読んで、大変耳が痛かったです。
「がんばりましょう」で変われるほど甘くはない
霞が関も発想を変えたほうがいいと痛感しています。
日本で生産性向上の議論をすると、時おり「生産性向上に奮闘した成功事例を示して、その企業の生産性向上の方法を他の企業にも紹介すれば、皆も賛同して真似をする。その結果、国全体の生産性が向上することは期待できませんか」と聞かれることがあります。
まさに性善説の考え方で、大変日本的な対応だと思います。(中略)企業に輸出をしましょうと言うのは簡単ですが、実現のハードルは高いです。実現するには規模を求めて、生産性を高めて、海外に出かけて、外国語も勉強しなくてはいけません。相当強い動機がないと、成功例を見せられた程度では、実行しないでしょう。(p254より引用)
…私、こういう「成功事例をみんなで共有して、日本全体を良くしよう」的な考え方が大好きなんです。成功事例の共有が無意味とは思いませんが、アトキンソン氏のいうように、それだけでは全く不十分なんですよね…。
最低賃金の持続的な引き上げで「企業を追い詰める」ことでしか日本の多くの企業は変われないのです。
間違えました、すいませんと言える強さ
この本では2ヵ所ほど、『新・生産性立国論』で書いたことは間違いでした、すいません、という記述があります。(p146、p230)
どちらも「間違い」というよりも説明不足、言葉足らずだったということなのですが、これを明記できるのは素晴らしいなと思います。アトキンソン氏が、(もともと賢い人なのに)常に勉強し、新しい知識を学びながら発信している人だということが良く分かります。
「ガラスの天井」だけでない、女性活躍の課題
女性活躍の課題が3種類あるのは初耳でした。
・Glass ceiling:女性が役員候補にはなるものの、なかなか役員になれないこと(一般的に「女性活躍の課題」というときはこれ)
・Frozen middle:女性が役員候補にもならず、中間管理職にとどまること
・Sticky Floor:女性がずっと最低賃金で働いて、そこから上にはいけないこと
イギリスの新制度(人材育成の半強制)
イギリスでは最低賃金の引上げに続いて、"apprenticeship levy"という職業実習賦課金制度が2017年から始まりました。2017年までは人材育成補助に年齢制限があったが、それを撤廃。企業規模によって下記のように違いがありますが、全企業、全年齢を対象としている制度です。すごい。
年間の人件費が300万ポンド以上の企業
・社員のトレーニングのために「年間の人件費の0.5%」から1万5千ポンドを引いた金額を徴収(税金のように、強制的に徴収される)。
・企業ごとに口座が設けられ、賦課金を納めてから2年以内に人材育成トレーニングを実施すると、そのコストの分だけ払い戻してもらえる。※企業が納めた金額に、国が1割を足してくれる!
・2年以内に使わないと没収される
・口座の金額以上にコストがかかった場合は、賦課金を超える分については企業が1割、国が9割を負担(すごい!)
年間の人件費が300万ポンド以下の企業(以下ではなく未満では?と思いますが、とりあえず原文ママ)
・人材育成トレーニングのコストの1割を企業が負担、残り9割は国が払う(すごい!!!)
おまけ:私が「新・生産性立国論」を読んだときのメモ
・ペストで人口が半減した650年前の欧州と、今の日本の労働人口の激減は同レベル。
危機感を持って生産性を高めないと、日本は「親を見殺しにする」しかない国になってしまいますよ。
・日本の労働者の能力は世界一高いのに、「生産性=1人当たりGDP」は異常に低い。これは日本の経営者が奇跡的に無能だからです。誰も求めていない「高品質・低価格」妄想を捨てて、本当の意味での「高品質」そして「相応価格」にしましょう。
・子どもを産まない/1人しか産まない人を専業主婦にしてる余裕は日本にはないです。※子どものいない人を責める趣旨ではなく、例えば子供を4人も産む女性は10年以上思うように働けないのは仕方ない、でもそうでないならば専業主婦にならずに社会で活躍して下さい!子供がいない夫婦にも配偶者控除などを適用している余裕は今の日本には無いです!というのがアトキンソン氏の言いたいことかと思います。
生産性を上げるために
・企業の数を半分にして
・最低賃金を先進国並みに引き上げ
・女性を活用しよう(移民と高齢者活用だけではムリ!)
アトキンソン氏、好き。
アトキンソン氏は著書を出すたびに論が洗練されていくなと思います。『新・観光立国論』の頃は、生産性と効率性を同視して論を展開していましたが、『新・生産性立国論』では生産性と効率性は違うと明記。生産性を高めることで問題解決するならこうすべきという理論がアトキンソン氏の中で確立したんだなと思わされます。
アトキンソン氏が『新・観光立国論』で「おもてなしは幻想」と一刀両断にして以来、アトキンソン氏のファンなんですが、ものごとの本質を鋭く表現していて唸らされます。
日本が大好きだけど日本人でないからこそ、客観的に日本を見ることができるんですかね。
最新の著書が読みたい人には『日本人の勝算』オススメですが論文紹介の分量が多いので、もっとアトキンソン節を堪能したいなら『新・生産性立国論』、彼の本領である観光について読みたいなら『新・観光立国論』を是非読んでください~。
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