おたまの日記

都内で働く二児の母(東大法学部卒)が、子育てしながら考えたことや読んだ本、お勧めしたいことを書いてます。

ケーキの切れない非行少年たち

宮口幸治著『ケーキの切れない非行少年たち』を読みました。

さすが話題本だけあって面白くどんどん読み進められてしまうので、通勤電車内であっという間に読み終えてしまったのですが、著者の真摯な書きぶりと大きな問題意識・危機感に胸がいっぱいになり、しばらくおいて数週間後に再読し、そしてついにブログに書こうとしています。

 

「少年」には「少女」も含まれます

ちなみにタイトルだけを見て私は「犯罪を犯す男の子たちの問題」についての話だと思い込んでいたのですが、少年院では少女のことも「少年」と呼ぶそうで、この本は男子・女子両方についての話です。念のため。

 

本の紹介文(Amazon)

児童精神科医である著者は、多くの非行少年たちと出会う中で、「反省以前の子ども」が沢山いるという事実に気づく。少年院には、認知力が弱く、「ケーキを等分に切る」ことすら出来ない非行少年が大勢いたが、問題の根深さは普通の学校でも同じなのだ。人口の十数%いるとされる「境界知能」の人々に焦点を当て、困っている彼らを学校・社会生活で困らないように導く超実践的なメソッドを公開する。

(Amazon商品紹介より引用) 

 

私がこの本を読んで初めて知って驚いたこと

・犯罪を犯す少年の少なくない割合に発達障害や知的障害がある

・「ケーキを切れない」少年たちには、ものが歪んで見えている/大人の言うことがほとんど聞き取れていない(p20などに少年が描いた図が再現されていますが、本当に衝撃をうけました)

・発達障害や知的障害をもつ子どもたちが小学校等で障害に気づかれず、「不真面目だ」「やる気がない」と評価され、いじめられたり劣等感を溜め込んだりする→幼女への性加害等の非行につながることがある(著者が再犯防止プログラムの治療で接した性加害少年の約95%は凄惨ないじめ被害にあっており、そのストレスを幼女に向けていた、とのこと)

・例えば「認知行動療法に基づく、性加害防止のためのワークブック」というものがある。これは認知機能/能力に問題が無いことを前提につくられているため、発達障害や知的障害をもった子どもたちには効果が期待できない可能性がある

・IQ70未満は「知的障害」(人口の2%)、IQ70~84は「境界知能」(人口の14%) ※知的障害の診断にIQは万能ではないが、実際の医療や福祉の領域ではIQの値が使われているとのこと

・この世の中で普通に生活していく上で、IQが100ないとなかなかしんどいとされる。IQ85未満となると相当なしんどさを感じているはず。人口の16%、つまりクラス35名の「下から5人」は多くの支援を必要としている

・彼らは小学校低学年からサインを出しているのに見逃され、劣等感などを溜め込んでいく

 

また、発達障害をもつ少年・青年が「アダルト動画に影響されてしまう(合意の無い行為を実は喜んでいるんだと思ってしまう→性加害につながる)」ということに衝撃を受けました。通常の認知能力がある男性であれば、あれはあくまでもフィクションとして楽しむものだと分かっているのだろうと思いますが、認知機能に障害のある人にとってはアダルト動画が本当に有害なものになり得るのだ、ということを私は初めて知りました。

ほかにも、「褒める教育には限界がある」など、児童精神科医として最前線で活動されている著者だからこそ気づいたことが書かれており、大変興味深かったです。

 

ではどうしたら良いの?

著者は認知機能を向上させる「コグトレ」(認知機能強化トレーニング)を推奨しています。医療少年院では一定の効果が得られているとのこと。

少年院でのコグトレ実施にとどまらず、普通の小中学校でも

・朝の会や帰りの会の5分を使ってコグトレを実施

することを提案しています。

p161から具体的なコグトレの例が掲載されていますが、「点つなぎ」や「感情のペットボトル」や「綿棒積み」など、なかなか面白そうなトレーニングです。私もやってみたい。

上述したような「クラスの下から5人」にとって、認知機能を向上させることが大きな支援になるだけでなく、このようなトレーニングは認知機能に問題のない子どもたちにとっても楽しく有意義に行えそうだな、と感じました。

私も息子たちがもう少し大きくなったら、コグトレの教材を試しにやらせてみたいと思います。 

 

もし息子たちが小学校低学年になって認知機能に問題がありそうだと気付いたら、私はきっと色々な専門機関に相談に行くだろうと思います。(サインの出し始めは小学2年生頃からとのこと。例:集団行動ができない、忘れ物が多い、嘘をつく、じっと座っていられない、先生の注意がきけない、など)

でも親が気づけなかったり、気づいても良い専門機関にアクセスできなかったり、専門機関ですら適切な支援を受けられなかったりすることもあるようなので、全国の小中学校の朝の会で毎日5分コグトレに時間を使うというのは「誰も取り残さない」という観点から良さそうだな、と思います。

 

色々考えたこと

私は31年間生きてきて、「どうしてそんなことをするのか理解不能な人」に遭遇したことは少なくありません。

ぱっと思い浮かぶだけで、私が妊婦のときに(おそらく)あえてぶつかってきた人、赤ちゃんを抱いて喫煙所でタバコを吸っていた人、「釣り禁止」の看板の隣で釣りをしていた人…。

小学生の頃の私は、「釣り禁止」の看板の隣で釣りをしている人は「分かっているのにわざとルールを破っている悪い人」だと思ったので、「そこで釣りをしたらいけないんですよ」とわざわざ注意しにいきました。若気の至り!

でも、もしかしてあの人は「釣り禁止」の文字が読めていなかった可能性もあるのか、と、本書を読んで思いました。赤ちゃんを抱いて喫煙所でタバコを吸っていた人は、副流煙が赤ちゃんにもたらす影響について本当に無知だったのかもしれない。

そして、妊婦の私にあえてぶつかってきた人は、認知機能に問題がある人口16%の中のひとりで、誰にも障害に気づいてもらえず、「不真面目だ」「やる気がない」と叱られて、大きなストレスを抱えた状態だったのかもしれない。そのストレスを私にぶつけてきたのかもしれない。

もちろんどれも想像でしかないのですが、私が今まで「悪い人」だと思っていた人たちは、もしかして社会からの支援を必要としている人たちだったのかもしれないと、初めて考えました。うまく表現できないのですが、この本を読む前と読んだ後では、世界が違って見えるような気すらしています。

 

本書では「どうしてそんなことをするのか理解不能な人」の例として、陸上自衛官が小学1年生の女の子を殺害した事件について触れています。この容疑者には軽度知的障害があったそうです。(軽度の知的障害があっても陸上自衛隊に入隊したり、大型一種免許、特殊車両免許を取ったりすることは可能、とのこと)

先日、無期懲役判決を受けた新潟の小2女児殺害事件の犯人についても、私は本当に「どうしてそんなことをするのか理解不能」です。(事件の詳細を読むと気分が悪くなる人がいるかもしれません。一応リンクを貼っておきます:新潟小2女子殺人 小林遼被告のスマホに残るおぞましい検索ワード | FRIDAYデジタル

 

幼い子どもをもつ母親として、こうした子どもが犠牲になる事件に接すると加害者への怒りで頭がいっぱいになってしまうのですが、もしかして、この犯人にもなんらかの認知機能の障害があるのだろうか、と、思いました。

もしそうだったとして、もしも著者の提唱するコグトレが日本全国の小中学校に導入されていて、この犯人が認知機能を適切に向上させることができていたら、こんな事件は起こらなかったのだろうか、とも考えました。

 

どうすれば非行を防げるのか。非行化した少年たちに対しては、どのような教育が効果があるのか。そして今、同じようなリスクをもっている子どもたちにどのような教育ができるのか。そうした問題意識を共有し、加害少年への怒りを彼らへの同情に変えること、それによって少年非行による被害者を減らすこと、犯罪者を納税者に変えて社会を豊かにすること、それが本書の目的です。

(本書p30~31より引用)

 

ケーキの切れない非行少年たち』、とても良い本だと思います。是非読んでみてください。

 

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