前置き
このブログは、私がアリージャンスという優れた舞台を見たことで心にあふれてきたことをただただ書いたものです。未来の自分のために書き残しました。キーワードは、「天皇」「原爆」「Gaman」です。
「あなたは日本国天皇への忠節・従順を誓って否定しますか?」
もし2021年の今、私がこの質問にYes/Noで答えなければならなくなったとしたら、少しの戸惑いとともに「No」と答えるような気がします。
なぜそんなことを訊かれるのだろう、別に毎日のように天皇のことを考えて生きているわけではないけど、心のどこかで天皇・皇室への尊敬の念は持っているし、天皇陛下への忠節を否定すると誓えるか…と聞かれても、いやそんなことは誓えないなと思います。
ではもし私が日本人ではなく日系の米国人であり、米国に住んでいて、そして米国と日本が戦争中にこの質問をされたら?
私はなんと答えたいだろう。なんと答えるべきだと考えるだろう。
さて、この質問は1943年に17歳以上の日系米国人に対して書面で行われたものの一部です。
正式には「忠誠登録質問票(Loyalty Questionnaire)」と呼ばれるもので、特に以下の2つの質問が日系人社会で大議論を引き起こしたとのこと。
【質問27】
あなたは命令を受けたら、いかなる地域であれ合衆国軍隊の戦闘任務に服しますか?
【質問28】
あなたは合衆国に忠誠を誓い、国内外におけるいかなる攻撃に対しても合衆国を忠実に守り、かつ日本国天皇、外国政府・団体への忠節・従順を誓って否定しますか?
※英語の原文は下記の通りです(Loyalty Questionnaireで検索すると実際の用紙の画像が色々見られます)
27. Are you willing to serve in the armed forces of the United States on combat duty, wherever ordered?
28. Will you swear unqualified allegiance to the United States of America and faithfully defend the United States from any or all attack by foreign or domestic forces, and forswear any form of allegiance to the Japanese emperor, or any other foreign government, power, or organization?
どちらにもYesと答えれば、米国への忠誠心があると判断され、収容所を出て家や仕事をもらうことができるかもしれない。一方で、Noと答えれば「不忠実」のレッテルを貼られ、もっと過酷な環境の収容所に送られるかもしれない。
当時、日系二世の20%が質問28に「No」と答えたそうです。(アリージャンスのパンフレット参照)
※「アリージャンスってなに?」という方はぜひ下記も読んでください。
No\Noと答えた人々
ミュージカル『アリージャンス〜忠誠〜』でも、No\Noと答えた父タツオが手錠をかけられて連行される場面がありました。父の釈放を求めて息子サミーは米軍に志願し、日系人で構成された第442部隊の一員として戦場へ赴くわけですが…
その後の家族の悲劇を思うと、父タツオはNo\Noと答えたことを後悔する生涯を送ったのではないかと想像させられます。
ブロードウェイ版のAllegianceで主演かつプロデューサーを務めたジョージ・タケイ氏も、5歳の時に両親がNo\Noと答えたことで家族全員がツールレイク収容所に収容されたそうです。この強制収容について、のちに父に批判的な質問をしたことで「父を傷つけてしまった」後悔を数十年抱えてきたと、公式パンフレットには書いてありました。
この辺りの話はジョージ・タケイ氏の著書に詳しいです。2019年出版。
これは英語のマンガですが、第二次世界大戦時に米国で行われた日系人の強制収容の歴史が当時5歳の少年の目線でリアルに再現されています。 彼の両親がどうしてもYesとは答えられなかった背景にも触れられています。
2020年には日本語訳が出ています。(私はまだ日本語訳の方は読んでいませんが、Amazonでの評価は高いです)
【追記】日本語訳も読みました。英語版だけでは理解しきれなかったところも理解できたので大満足です。
アリージャンスのパンフレットと並べて写真を撮ってみました。
2021年2月には、バイデン大統領が戦時中の日系米国人収容を謝罪したとのニュースがありましたね。
バイデン米大統領、戦時中の日系米国人収容を謝罪-公式声明 - Bloomberg
原爆投下シーンの日英版の違いについて
私がNYでAllegianceのブロードウェイ版を観たのが2016年なので記憶違いがあったら申し訳ないのですが、確かブロードウェイ版では広島に原爆が投下される瞬間を、インパクトある身体表現(”ダンス”と呼んで良いのか分からない)と、強い光、そして原爆投下時のキノコ雲の映像を舞台に投影することで、かなり強烈に表現していました。
客席には日本人や日系人以外の米国人も多くいたので、「1945年8月6日に広島に原爆が投下され、多くの人命が失われた」ことを詳しくは知らない観客にも事態の深刻さを伝えるための工夫なのだろうと思いました。長崎は描かれなかったと記憶しています。
そして原爆投下シーンの数秒後に、”Victory”というアップテンポな明るい曲が始まります。戦争に勝ったぞ!日系人のみんな、ごめんね!わーいわーい!みたいな歌です。
この落差に戦勝国と敗戦国の落差が表現されているようで、当時の私は観ていて心が苦しくなるようでした。なおジョージ・タケイ氏のお母様は広島出身で、原爆で家族を亡くされています。
さて今回の日本上演版では、キノコ雲の映像は使われませんでした。ただ舞台の上に1945年8月6日の日付が投影されただけでその場に座っている観客全員が「何が起こった日か」直ちに理解したものと思います。
そしてブロードウェイ版とは異なるものの、やはり強い光とインパクトのある身体表現(ダンス?)がありました。
数秒後に”Victory”が始まるのもブロードウェイ版と同じですね。こんなに明るくて楽しいテンポの歌なのに苦い思いになるのは、米国が戦勝ムードに沸き立っている時に広島長崎で地獄を見ている人たちがいたことを知っていることと、日系米国人がこの「勝利」をどんな状況で迎えたのかを舞台を通じて実感させられてきたからだと思います。
ミュージカルの舞台が非常に優れていると思うのは、こうした史実を頭で理解するのではなく、心に刻みつけてくるところです。
願わくばこの舞台を、うちの息子たちが小学校高学年〜中学生くらいになったら是非とも見せてあげたいです。
Gamanについて
前のブログにも書いた通り、Gaman(=我慢)はこのミュージカルのキーワードになっています。ブロードウェイで「Gaman, Gaman」と日本語が歌われるのを聴いた時には本当に感動しました。
ちなみに”Gaman”は日系米国人の歴史を学んでいると本当によく出てくる単語です。日系米国人が収容所内でゴミを再利用してコツコツ作った芸術品の数々が、米国で”The Art of Gaman”として展示されたこともあります。私は幸運にもこの展示をワシントンDCで観る機会に恵まれましたが、美しく精巧で、作った人たちの強さを思わせる作品たちでした。
Allegianceで歌われる曲のひとつに”GAMAN”というタイトルの歌があります。「あらゆる希望が失われたように思えても、尊厳をもって耐え忍ぼう」という歌詞です。とても美しい歌です(YouTube)。
(引用:ブロードウェイミュージカル”Allegiance”(忠誠)が本当に素晴らしいので是非見てください - おたまの日記)
もちろん日本上演版でもGamanの歌がありましたが、なんとも不思議な感覚になりました。英語の”Gaman”と日本語の「我慢」は違うのだ、と実感しました。
日本で生きてきた日本人である私にとって「我慢」というのはあまりポジティブな言葉ではありません。辛いことがあれば我慢しないで声をあげるべきだと思うし、我慢し続ける人生は嫌だなと思います。
我慢というのは元々は仏教用語とのこと。
煩悩の一つで、強い自我意識から生まれる慢心のことです。
「自分を抑制する、耐え忍ぶ」といった意味に使われるのは、近世後期からの用法だそうです。
しかし日系米国人社会における”Gaman”はもっとポジティブで、誇り高き言葉なのだと思います。米国西海岸の明るさや強さを反映しているのかもしれません。耐えるだけでなくその先の希望を感じさせる言葉です。
収容所内で母が教えてくれた日本語があります。それは収容所のコミュニティでよく唱えられました。"gaman(我慢)"という言葉です。「尊厳を持った忍耐」という意味で、私たちがあの悲惨な時代と、その後、ゼロから生活を再建しなければならなかった時代を生き抜くための指針でした。
(Allegiance Original Broadway Cast Recording歌詞カード内のメッセージを私が勝手に日本語訳しました)
ブロードウェイ版で”Gaman”を聴いた時、これはGamanであって我慢ではないのだということを思い知りました。インドのカレーと日本のカレーが全然違う食べ物であるように、日本語の我慢と英語のGamanは全然違う言葉なのだと。
そして私個人としては、Gamanの歌については、英語版の方がしっくりきました。全ての歌詞が英語である中でGamanが唯一の”日本語”キーワードとして歌われるとき、この言葉が日系米国人社会の中でどれほどの重みのある言葉であったかを最もよく感じさせてくれると思います。
もし今回アリージャンスの舞台を見て”Gaman”に感動された方がいらしたら、是非とも英語版も聴いてみて欲しいです。きっと更なる感動を発見されると思います。
このYoutubeがとってもおすすめです。
とりあえず終わります
もう本当に…アリージャンスを語り尽くせないのですが、ブログが4000字を超えたので、とりあえずこの辺りで我慢しておきます。(これは日本語の「我慢」そのままの意味です。)
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