結論:読み比べた結果、オススメは下記です。
・時間がないので80分でレミゼのあらすじを一通り追いたい人には「ああ無情」(ポプラ文庫)
・週末2日間くらいは時間をかけても良いので、レミゼの面白さを味わいたい人には「レ・ミゼラブル」(福音館書店)
・週末2日間×3回くらいは時間をかけても良いので、レミゼの完全版を最新訳で読みたい人には「レ・ミゼラブル」(ちくま文庫)
・完全版が読みたいけど、お金をかけたくないし図書館にも行きたくない人には「レ・ミゼラブル」完全版(Kindle版100円)
以下、読み比べた本について、それぞれの書き出しと、主人公バルジャンの第一声、そして私の感想メモを書きます。ざっくり3分類しました。
①「ああ無情」:子ども向け、分量少なめ
②「レ・ミゼラブル」抄訳(=原文の一部分を抜き出した翻訳):子ども&大人向け、分量中くらい
③「レ・ミゼラブル」完訳:大人向け、分量はとんでもなく多い
- 1.「ああ無情」(子ども向け・分量少なめ)
- 2. 「レ・ミゼラブル」抄訳(子どもと大人向け・分量は中くらい)
- 3.「レ・ミゼラブル」完訳(大人向け・分量はとんでもなく多い)
- おまけ:解説書「レ・ミゼラブルの世界」
- おまけその2:BBCラジオドラマ版
1.「ああ無情」(子ども向け・分量少なめ)
1.1「ああ無情」ポプラ文庫(訳:大久保昭男)
ふしんな男
1815年、十月はじめのある日の夕暮。フランスもずっと南のディーニュといういなか町に、見知らぬ男がとぼとぼと歩いてはいってきた。年のころは五十ちょっと前ぐらいで、中背の、がっちりした体格だが、長い道のりを歩いてきたらしく、くたくたにつかれているようすだった。
(中略)
「食事をして、泊まりたいのですが。」
読みやすい。導入も興味をひくし、ふりがなも必要そうなところに上手についている。難しめの単語は残っているが、漢字は少ない。ファンティーヌは娼婦ではなく「飲食店で働いている」とのことで、まさしく子供向き。残念なことにガヴローシュの名が出てこない。テンポよくサクサク進み、80分で読了。サクサク進みすぎて、登場人物の心情にちょっと共感しづらいが、物語の重要な要素は一通り押さえてある。中の挿絵は子供向きの雰囲気だが、クロッキー風で味がある。
1.2「ああ無情」集英社(訳:辻 昶)
宿をもとめて
「司教さま、あやしい男がうろついているそうですよ。今夜だけは、戸じまりをちゃんとしたほうが、よろしいんじゃありませんか?」
家政婦のマグロワールが、ミリエル司教に話しかけた、夕食の買い物に出かけたとき、あちこちでうわさを聞きこんできたのだ。
(中略)
「ひと晩、泊めてくれないか。その前に食事がしたいんだが。」
会話で始めるのは賢いかも。ページ内の脚注で背景事情や地図、語句の説明をしてくれ、分かりやすくて親切。ふりがなも適宜ふってあり、読みやすい。ファンティーヌの職業には言及なし。ガヴローシュは脚注に登場(本文では「浮浪児」とだけ)。挿絵はカラーのページもあり、クロッキー風で味がある。ハードカバーでかさばるけど、文庫にこだわらないなら「ああ無情」の入り口としてはとても良い本だと思う。脚注には「ジャン・バルジャンのモデルは?」とか、原作だけを読んでいたら知らなかっただろう情報も書いてあり、なかなか読み応えある。脚注も含め、40分で読めた。
1.3「ああ無情」講談社 青い鳥文庫(訳:塚原亮一)
1ミリエル司教 かぎのない家
1815年のことである。シャルル=フランソワ=ビャンブニュ=ミリエル氏は、南フランスのディーニュの町で、六年前から司教職についていた。ミリエル司教は、もう七十五さいの老人で、十さいほど年下の独身の妹バチスチーヌと、妹と同い年の召し使いのマグロワールの三人暮らしだった。
(中略)
「晩飯を。それに、今晩、泊めてもらいたいんだ。」
すべての漢字にふりがなが降ってあり、子どもには良いかもしれないが、大人が読むにはちょっと目障りかも。ファンティーヌは「町の盛り場をうろついて、男のきげんをとる商売の女」。意味が分かるような分からないような…。ガヴローシュはちゃんと出てくる。挿絵はペン書きで、あまり好きではない。青い鳥文庫は好きだけど、「ああ無情」についてはポプラ社のほうが読みやすかった。
2. 「レ・ミゼラブル」抄訳(子どもと大人向け・分量は中くらい)
2.1「レ・ミゼラブル」上下巻 福音館書店(訳:清水正和)
第一部 ファンティーヌ 1.ミリエル司教
1815年には、シャルル=フランソワ=ビヤンヴニュ・ミリエル氏は、ディーニュの司教であった。七十五歳ぐらいの老人で、1806年からずっとこの司教職をつとめてきた。
彼は、エクスの身分高い法官の家に生まれた。伝えきくところによると、十八歳か二十歳という若さで結婚したが、その後もいろいろと浮いたうわさが絶えなかったという。
(中略)
「食事と宿泊を。」
私が初めて読んだレミゼがこの福音館書店の抄訳だったのでかなりひいき目だが、文章が美しい。ユゴーの文章の雰囲気を保ちつつ、きちんと日本語の物語になっている。そして物語の骨子や登場人物の心情はしっかりと書きつつ、長々とした社会情勢の説明などを省いているので、原作の半分の分量でありながら、この一冊を読めば十分にレミゼの世界にひたれる。この福音館古典童話シリーズは原書の初版本の挿絵を使うことを基本方針としているとのことで、挿絵も文句なく素晴らしい。表紙はあの有名なコゼットの姿。
週末2日間でなんとか読み切れるくらいの分量。
3.「レ・ミゼラブル」完訳(大人向け・分量はとんでもなく多い)
3.1「レ・ミゼラブル」全5巻 ちくま文庫(訳:西永良成)
1815年、シャルル=フランソワ=ビヤンヴニュ・ミリエル氏はディーニュの司教だった。七十五歳くらいの老人で、1806年からこの町の司教座にある。
このような細部は著者が語るべき事柄の本筋にはいささかもかかわらないものだが、すべての面で正確を期すためだけにでも、彼がこの司教区にやってきたときに流布された風説や言葉のあれこれを記しておくのも、あながち無駄ではないだろう。
(中略)
「お客さん、なんのご用で?」
「飯と宿を」と男は言った。
2012年の出版で、最も新しい邦訳を読める。さすが完訳版なので文章は難しいところもある。でも、日本語としては新訳だけあってこなれているし、読みこなせる。ユゴーのいたずらっ子のような文章にはくすっと笑わされる(例:コゼットの目覚めのシーンで「作家はやむをえない場合には、読者を婚礼の寝室に案内することもできるだろうが、処女の寝室は無理である。そんなことは(中略)はばかられる…」と言っておきながら、けっこう描写してしまう)。
5巻にはあの悪名高い「パリの下水道事情」についての30ページにわたる説明があるが、結構面白く読めてしまった。悲しいことに挿絵は一切ない。そして初刷しかないようで、Amazonでも古本しかない。古本で買うか、近所の図書館にあればラッキーかな。こんなに見事な完訳版なのに、あんまり売れなかったんだろうか…。
訳者の奥さん?(「同伴者」と書いてある)の芙沙子さんが長年の演劇経験をもとに「朗読に耐える文章」にすべく厳しい助言をしてくれたそうで、たしかに音読したくなる美文。
3.2「レ・ミゼラブル」完全版 Kindle(訳:豊島与志雄)
第一部 ファンティーヌ 第一編 正しき人 一 ミリエル氏
1815年に、シャール・フランソワ・ビヤンヴニュ・ミリエル氏はディーニュの司教であった。七十五歳ばかりの老人で、1806年以来、ディーニュの司教職についていたのである。
彼がその教区に到着したころ、彼についてなされた種々な噂や評判をここにしるすことは、物語の根本に何らの関係もないものではあるが、すべてにおいて正確を期するという点だけででも、おそらく無用のことではあるまい。
(中略)
「何の御用ですか。」
「食事と泊まりです。」と男は言った。
さすが豊島与志雄の訳で、最初に訳したのが大正時代という歴史を感じさせる名文。古い訳文とはいえ、ちゃんと改訳されていて現代日本人にも十分読みこなせる文章だし、Kindleなので文字を少し大きくすればちくま文庫の細かい文字を読むよりもずっと読みやすい。
上述のちくま文庫で引用した部分は、こちらでは「やむを得ない場合には読者を婚姻の室に導くことはできるが、処女の室に導くことははばかられる」。ぱっと読んで意味が分かりやすいのはちくま文庫のほうかな。でも長年読み継がれてきただけあって、心に書き留めておきたくなるような美しい文章が多い。例えばミリエル司教の台詞「この家の戸ははいって来る人に向かって、その名前を尋ねはしません。ただ心に悲しみの有る無しを尋ねます。」
確か読み通すには2週間の通勤時間+週末2日間×3回くらいかかったけど、一度は読んでおきたい名訳。
3.3「レ・ミゼラブル」全5巻 新潮文庫(訳:佐藤朔)
第一部 ファンチーヌ 第一章 正しい人 1 ミリエル氏
1815年のこと、シャルル・フランソワ・ビヤンヴニュ・ミリエル氏は、ディーニュの司教だった。七十五歳ぐらいの老人で、1806年以来ディーニュの司教職にあった。
こうした細かいことは、これから述べる物語の内容そのものには少しも関係はないが、この司教区に着いたころの彼に関する噂や話をこの際述べることは、何事も正確にというためだけであっても、おそらく無駄ではあるまい。
(中略)
「なんのご用で?」
「飯と宿を」と男は言った。
よく見る文庫版で、初訳は1967年。豊島訳(1919年)より新しく、西永訳(2012年)より古い。Kindle完全版の豊島訳が古すぎて読みづらい、でも西永訳のちくま文庫が手に入らない、そんな人には普通にオススメ。これなら新品も手に入るし、Kindle版も1冊790円で買える。挿絵がないのは残念。
上ふたつで引用したミリエル司教の台詞は「このドアは、入って来る人の名前を訊きません。悩みがあるかどうかを訊きます。」で、個人的な好みとしては豊島訳のほうが格調高くて好き。あと、コゼットの寝室のシーンは「必要なら、読者を結婚の部屋に引入れることはできても、処女の部屋に引入れることはできない。詩句でもほとんどできないのだから、散文でなすべきではない。」悪くないけど、これは西永訳のほうが好きかな。※あくまでも個人的な好みなので、佐藤訳が好きという方もいるかもしれません!
おまけ:解説書「レ・ミゼラブルの世界」
ちくま文庫版の翻訳者である西永良成さんが、翻訳しながら書き留めていたメモをもとに書かれた解説書。西永氏いわく、レミゼは読みづらい小説であると。「登山をするのに地図があったほうがいいのと同じ」とのことで、レミゼ完全版を読み始める前に、この新書を一冊さらっと読んでおくと良いかもしれません。
また、すでにレミゼを読んだ人にとっては、新たな発見がたくさんあって面白いと思います。例えば主人公バルジャンとナポレオンは実は同い年で、この小説にナポレオンは111回登場する。なんとこれ、ジャベールの登場回数(61回)のほぼ倍!さらに、マリウスのモデルはユゴー自身であるとか、コゼットとの恋愛はユゴーと妻の思い出の反映だとか。面白すぎる。
西永さんの著作、どちらもなぜKindle化しないんだろう。。
おまけその2:BBCラジオドラマ版
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